◆母の米寿祝は4世代旅行、行き先は富士山

母は今年で88歳、米寿を迎える。父に先立たれること早5年。年を重ねたこともあり、
足が弱ってきて車イス生活。現在は実家を引き払って、要介護者認定者用のマンションで暮らしている。
私は60となった。2人の子供も成人し、それぞれ結婚した。そのため、孫も4人できた。
何回か孫と一緒に母のいるマンションを訪れたことがある。子供の力というのはすごいもので、私だけで訪問した時には私を気づかってか
「はよ、かえりぃ」と真顔で言う母が、孫と訪れた時には終始ニコニコで、「ひ孫のちびちゃん、また来てなァ」とその表情が一変する。
マンションの中でも「ひ孫が来た」と自慢しているらしい。
東京に住む兄、広島に住む妹にもぞれぞれ孫ができ、遠いながらも母の施設を孫連れで訪れているらしい。
しかし、総勢30人にもなる母の子・配偶者、孫、ひ孫たちが一堂にそろう機会は未だなかった。
それができれば、きっとたくさん母の笑顔が見られると思うし、最大の親孝行でなるのではないかと思っていた。
そのため、正月に兄と妹と電話で「母の米寿の祝いをどうしようか」という話になった時、
私から「みんなで旅行してはどうか」と提案したのは自然の成り行きだった。

行先は決まっている。
常々「亡き父と、家族で見た赤い富士山が忘れられない」と言っている母だ。
そして、父・母・兄・私・妹の5人が富士山をバックに写っている写真は、
父の棺桶にも入れた思い出の品だ。米寿の祝いは、富士山の見える場所で行いたい。
だが、そのための方法が問題である。まず、車イスの母をどうやって富士山へ連れていくか。
そして大阪の私、東京の兄、広島の妹一家がどうやって集まるか。私・兄・妹の子供もそれぞれ独立し、
様々な場所に住んでいる。果たしてどうしたものか。
旅行を言い出したのは私であるので、暇を見つけては思案していた。そんな時、「車イス 旅行」で検索してヒットしたのが
「リフト付きバス」である。なんでも、大型バスの入れるところならドアtoドアで車イスごと乗車できるらしい。
車イスで乗車できる車など持っていない私たちにとって、ありがたい話である。
そして、高齢の母にとって、狭い乗用車や介護タクシーの中で過ごすよりも、開放感のある大型バスで過ごしてもらった方が快適であろう。
新幹線を使ってもよいが、何度も乗り換えなければならない。バスなら、一度乗ってしまえば目的地までGO!である。
そして、何といっても総勢30人。乗用車を何台も連ねて走るのは、はぐれた時の連絡などを考えると、できれば避けたいところだ。
幸い、リフト付きバスを持つバス会社に相談したら、バリアフリー旅行も取り扱っている旅行会社を紹介してくれた。
おかげで、母の米寿のお祝いは素晴らしいものとなった。その様子をこれから書いていこうと思う。

◆大型リフト付きバスは気づかい、いらず

出発の日天気は晴れ。午前9時、バスは新大阪駅の団体バス駐車場を発車した。この時点でバスの中にいるのは京阪神・広島・岡山に住むメンバーで総勢19人。
アクセスのよい新大阪駅に新幹線や在来線で集まってきた。初めて出会うメンバーもいる。みんな少し緊張した面持ちだ。
貸切バスは一路、母のいるマンションのある大阪府守口市へ。ここで母が合流。リフトが車イスごと母を車内へ迎える。
バスのほぼ真ん中に母が座れるというのがまた良い。自然と母が会話の中心となる。やはりひ孫に囲まれるとニコニコだ。
高速に乗ったのは午前10時、ここから一路東を目指す。車内では一通り皆があいさつ。皆の緊張もほぐれてきた。
こんな時、バスには車内にマイクがあるからやりやすい。そしてカラオケを行うこともできる。
ひ孫の歌うアンパンマンに手拍子を打つ母。我ながら親孝行を実感するひとときである。こういった自己満足も大事だ。
バスは快調に走行し、午後0時半には刈谷ハイウェイオアシスに到着した。ここは特に子供たちにとって素晴らしい場所で、
大型遊具やアスレチックで遊ぶこともできるのだ。ここで昼食をとり、子供たちは体を動かした。
そのためだろうか、子供たちは泣き出すこともなく富士山までいくことができた。
そして素晴らしかったのがバスのリフト操作の補助で私たちに同行してくれた方(Aさん)である。
Aさんはリフト操作をするために同行してくれたにもかかわらず、子供たちに積極的に話しかけてくれ、
行く先々でカメラのシャッターを押してくれた。
彼女のおかげで、子供も笑顔になり、集合写真の枚数も増え、私たちの旅の満足度は確実に上がったのだ。
午後4時に御殿場駅に到着。ここで関東からの10人が合流し、全部で30人の4世代旅行が勢ぞろいした。
ここから目指すのは今回の旅の目的地、「富士レークホテル」だ。全員揃ったところで改めて自己紹介。
そして、車内のテレビに昔の写真を映して皆で楽しんで、大いに盛り上がっている間に午後5時、ホテルに到着した。

◆素晴らしきかなユニバーサルデザイン「富士レークホテル」

この「富士レークホテル」。どのようなハンディキャップを持った方でも泊まることができる
ユニバーサルデザインのホテルである上に、富士山がバッチリ見えるという旅行会社の方の
ススメのとおり、素晴らしい富士山の眺めだった。
これを見た母が「来てよかった、ありがとう」と私にささやいてくれたのを聞き、
この旅行の成功を私は確信した。
お風呂は当然段差のない仕様である。
母の入る貸切用のレイクビューの浴槽には入浴用リフトが備え付けられていて、
母・妹・ヘルパーさんの3人で入浴した。母曰く「温泉なんて10年以上ぶり」で、楽しいひとときだったようだ。
そして米寿祝の夕食が始まった。上品な味の料理に舌鼓を打つとともに、素晴らしかったのは子供のアレルギーや、
母のぎざみ食の要望にも対応してくれたこと。ミキサー食にも対応してくれるらしいので、
米寿の次の卒寿にも対応してもらえるよなぁ、と考えるほど。
米寿祝は、私たちの子供の世代が盛り上げてくれた。「おばあちゃんクイズ」「おばあちゃんへお祝いの一言」
「ひ孫からおばあちゃんへの折り紙のプレゼント」など。
何といっても食事を上げ善据え膳で出してくれるから、30人みんなが母を囲むことに集中できたのが嬉しい。
リフト補助員のAさんに、ここでも写真のシャッターを切ってもらった。
最後に、30人みんなが描かれた似顔絵と花をプレゼント。
満足げな母の表情でみなが幸せな気分になってお開き。めいめいの部屋に帰っていった。

◆バスごと入れる「富士サファリパーク」

翌日の朝は母上とホテル近辺を散歩。昔来た富士山を思い出しながら、これだけ大所帯の親戚になったことに感無量。私までも涙目になった。
ホテルを後にし、せっかくだから観光をと「富士サファリパーク」に。
ここは何と観光バスでも入ることができるので、この30人のままサファリゾーンへ突入。
みんなでワイワイガヤガヤ言いながら「ライオンだー」「ヒグマだー」と車内は大盛り上がり。
乗用車で連なって行ったのではこの一体感は味わえない。この点、さすが大型バスだと思う。
その後はバスを降りてふれあいゾーンへ。いろいろな動物を実際に触れて、それぞれに楽しんでいた。

◆言い方は悪いが、まさに「冥土の土産」

名残惜しいが、これからは帰路。お土産を買う時間を取った後あと、バスはまず御殿場駅へ。関東組を降ろして一路関西へ。
みな満足して疲れ切っていたのか、アニメのDVDが流れる中、子供たちを含めほとんどが夢のなかへ。。。
母を守口市へ送り、新大阪駅で解散。本当によい親孝行になりました。自画自賛です。

4世代旅行や3世代旅行にバスを使う、これ本当におすすめです。
一生モノの思い出、本当に作れますよ。

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